時は遡り十数年。
俺は大学生をやっていた。
大学の思い出といえば、
・アルバイト
・朝までボイスチャットを繋いで友達とネトゲ
・ダンスサークルで陽キャのフリをする
この3つに尽きる。
そう。
勉強をほとんど、いや、一切しなかった。
結果、大学4年になる頃には、
「ここから1年間ちゃんと大学に通わないと卒業できない」
という状態になっていた。
ここから真面目に通うなんて今更無理に決まってるだろうが。
俺の周りの友人たちは(ネトゲ仲間を除いて)非常に優秀で、みんな3年生までにほとんどの単位を取り終えている。
つまり、これまでテスト前になると俺を助けてくれていた友人たちは、もう授業を受けていない。
詰みかけている。
ということで俺は、泣きながらサークルの後輩にテスト勉強を教えてもらいつつ、就活を始めた。
この時点で大学4年の夏。
春から就活を始めていた友人たちは、単位も内定も取り終わり、最後の夏休みを謳歌していた。
俺も寂しかったので、たまに混ざって謳歌していた。
就活を始めて1社目。
ゴリゴリのプログラミング会社を受けた。
1次面接から社長が出てくるタイプの会社で、なぜか即日で内定が出た。なんで?
「これ絶対ブラックじゃん!」
と思い、一応就活を続けることにした。
続けるにあたって、
「俺のやりたいことってなんだろう?」
と自問自答した結果、
「パソコン作るとか好きだし、パソコンを売る人になろう!」
という結論に至った。
そこで、BTOパソコンを販売している会社を片っ端から受けようとした。
もちろん、そんなニッチな求人が就活サイトに都合よく並んでいるわけがない。
なので、名前を知っているBTO会社に直接電話した。
「新卒採用ってやってますか? 御社で働きたくて」
みたいなことを片っ端からやっていた。
書いてて思うけど、世間知らずすぎる。
ところが、この直電作戦が意外と刺さった。
選考が進み、3次の最終面接を経て、無事内定。
たしか秋頃だった。
ここまでの就活戦績。
2戦2勝。
「就活チョッッッロw」
完全に調子に乗っていた。
あとは単位を取って卒業するだけ。
夏のテストで後輩たちに助けてもらった結果、卒業まで残り5個の単位になっていた。
履修自体は20個くらい入れていた。
なので俺は、
「20個中5個取ればいいんだから、25%取れれば卒業じゃんw」
と考えた。
そして当然のように、まったく授業に出なかった。
やがて冬。
ここで問題が発生する。
履修していた授業の半分くらいが、
「7割以上出席していないと単位を出しません」
という授業だった。
終わった。
残った授業は10個ほど。取らなければならない単位は5個。
そのうち、サークルの後輩が履修している授業が4個あった。
つまり、後輩に助けてもらえたとしても、
最低1個は完全に自力で取らなければ留年する。
とはいえ、今さら6個分も勉強する時間はない。
いや、時間はあったが面倒だった。
そこで俺は、
「自力で勉強する授業を1つだけに絞る」
というギャンブルに出た。
その授業の最後の2回だけ、ちゃんと出席した。
サッパリ何を言ってるのかわからなかった。
大学のネット掲示板に、
「誰かこの授業助けて」
と書き込んだ。
友人たちにも、
「過去にこの単位取った人知らない?」
と聞いて回った。
しかし、かなりニッチな授業だったらしく、情報がまったく入ってこない。
完全に詰んだ。
仕方なく俺は、教授のポストに手紙を入れた。
『拝啓、○○教授
あなたの授業を履修しているポン田です。
恥ずかしながら就活で授業をあまり受けられず、テストに不安があります。
私はすでに内定を獲得しているのですが、この単位を落とすと留年してしまいます。
どうか助けていただけないでしょうか。
ポン田』
ちなみに授業に出なかった理由の大半は、別に就活ではない。
1週間後。
手紙に書いたメールアドレスに、教授から返信が来た。
『あなたは誰なのでしょうか?
私の授業はあまり生徒数がいないので、顔と名前をある程度覚えていますが、あなたのことは見覚えがありません。
あなたのような人が社会に出るのはまだ早いと思いますので、自力で単位を取るか、留年して考えを改めてください。』
ーーーーー終わった。
ダメ元でテストは受けた。
まーーーーーったくわからなかった。
そして、このテストが惨敗に終わった時点で、他のテストを受ける気力もなくなり、そのまま帰った。
後日、テスト結果が届いた。
必須取得単位:138
合計取得単位:134
4単位足りねえ〜\(^o^)/
ということで、その後俺は、
親に激ギレされ、
バイトで貯めた貯金を失い、
内定を取り消され、
当時付き合っていた彼女に振られ、
友人たちは全員卒業した。
俺に残ったのは、
4単位だけだった。
しかし
これは後に起こる地獄の序章に過ぎなかったーーーーー。
つづく。
